東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)181号 判決 1991年2月27日
原告 株式会社 ダイエー
右代表者代表取締役 中内功
右訴訟代理人弁護士 小野昌延
右訴訟代理人弁理士 網野誠
被告 星野智衛
右訴訟代理人弁護士 雨宮定直
右訴訟代理人弁理士 井沢九二男
主文
1 特許庁が、同庁昭和四二年審判第六二九五号、昭和四二年審判第六二九六号、昭和四二年審判第六二九七号、昭和四二年審判第六二九八号、昭和四二年審判第六二九九号、昭和四二年審判第六三〇〇号及び昭和四二年審判第六三〇一号各事件について、昭和六三年六月二九日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた判決
一 原告
主文同旨
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
被告は、別紙本件商標一覧表記載の七個の登録商標(以下「本件各商標」ともいう。)の商標権者である。本件各商標の、登録番号、構成、指定商品、商標登録出願日、商標登録日、商標権存続期間の更新登録の日及び本判決中における略称は、別紙本件商標一覧表の各対応欄記載のとおりである。
原告は、昭和四二年八月二〇日、被告を被請求人として、本件各商標について、昭和五〇年法律第五〇号による改正前の商標法(以下「改正前商標法」という。)第五〇条第一項により、各指定商品全部に係る商標登録を取り消すことについて審判を請求した。
特許庁は、各請求を、別紙本件商標一覧表の審判番号欄記載の番号の事件とし、各請求の予告登録をいずれも昭和四二年九月二八日に行い、これらの事件を併合して審理した上、昭和六三年六月二九日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決をし、その謄本は、同年八月三日に原告に送達された。
二 本件審決の理由の要点
本件は、商標法附則(昭和五〇年法律第四六号)第五条第一項の規定により、なお従前の例によって審理する。
1 本件各商標の登録番号、構成、指定商品、商標登録出願日、設定登録日、商標権存続期間の更新登録の日は、前記一項のとおりである。
2(一) 審判請求人(原告)は、「本件各商標の登録を取り消す。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、その理由を次のように述べ、証拠として、審判事件甲第一号証ないし甲第五九号証を提出し、審判被請求人(被告)の証人尋問を申請している。
(1) 審判被請求人は、本件各商標の権利者であるが、商標登録原簿には、昭和四二年四月六日、受付第一九一八号をもって、東京都小金井市貫井北町五丁目七一四番地大栄製菓株式会社に許諾による通常使用権の設定登録がなされている。
(2) しかるに、商標権者は、東京都武蔵野市において継続して三年以上その指定商品について登録商標の使用をしていない。よって、商標権者は、指定商品について、その商標を使用していないものと推定される。また、通常使用権も単に審判請求人に対する対抗策上通常使用権の設定登録をしているのみであって、東京都小金井市において、その指定商品について何ら商標法第五〇条の要求する登録商標を使用していない。
(3) よって、本件各商標は、改正前商標法第五〇条によって取り消されるべきものである。
(二) ついで、昭和四五年三月五日午後二時に行われた口頭審理において陳述した口頭審理演述要領書において、次のように述べている。
(1) 審判被請求人の商標不使用状態
審判被請求人は、武蔵野市において、本件各商標を使用していない。大栄製菓株式会社に対する通常使用権の設定も商標法本来の使用を目的とせず、不使用取消を免れるためにした作為的なものであり、小金井市において「Bois」「ボア」なる商標を附したケーキ類を「ボア」なる営業名の喫茶店で販売しているのみである。(審判事件甲第二号証、審判事件甲第三号証)
(2) 商標不使用事実についての立証責任と提出責任
本件は商標の不使用という消極的事実が問題となる事件であり、審判請求人は、消極的事実の立証において立証方法には特異性があり、審判請求人の立証の充分であること、または審判被請求人に立証責任の転換されていることを主張する。
(3) 消極的事実と職権主義
消極的事実の審理について、弁論主義においてすら事実関係を明らかならしめるため釈明することができる。これは職権主義である審判においては、より以上と思われる。
しかし、いくら職権主義といっても、「無い事実」を自ら探すことは事物の性質上不能である。といって、審判被請求人自体が、なんら積極的事実をあげない場合に間接的事実を職権で、いろいろと探索する必要はない。審判請求人のあげた一応の証拠さえあれば、今の所充分であると判断する。
(4) 以上のとおり、現段階では、審判請求人の消極的事実の提出は充分であり、今後も審判被請求人が沈黙するならば、審判被請求人が、その証拠提出責任を果たさなかったものとして商標登録の取消を免れない。
3 これに対し、審判被請求人は、結論同旨の審決を求めると答弁し、その理由を次のように述べ、審判事件乙第一号証ないし審判事件乙第一〇号証を提出している。
(一) 審判請求人の請求の理由中(一)(1)の事実は認めるが、本件各商標は、適法に使用されているので、審判請求人の主張は不当である。
(二) ついで、昭和四五年三月五日午後二時に行われた口頭審理において陳述した口頭審理演述要領書において、次のように述べている。
審判請求人の請求の理由中(一)(2)の主張は誤っている。前記事実に関する主張立証責任は、審判請求人にあるので、審判被請求人は、審判請求人のこの点に関する詳細な主張及び立証を俟って必要とあれば、反論及び反証を行う用意がある。
4 よって判断するに、改正前商標法が適用される本件審判事件については、請求に係る商標の不使用の事実を審判請求人において証明すべきものであると解されるところ(昭和四五年三月五日午後二時開廷の本件口頭審理調書(六頁)参照)、審判事件甲第二号証、審判事件甲第三号証は、審判請求人会社の社員による証明であり、審判事件甲第四号証(小金井商工会)、審判事件甲第五号証(東京都武蔵野保健所)、審判事件甲第六号証(東京都小金井保健所)の各証明書によると、商品「薬品」についての不使用はともかくとして、他の商品についての不使用の推認はできない。
また、審判事件甲第七号証、審判事件甲第八号証(東京都三多摩の電話番号簿)、審判事件甲第九号証(帝国銀行会社要録)、審判事件甲第一〇号証(日本会社録)、審判事件甲第一一号証(全国工場通覧)、審判事件甲第一二号証(化学工業年鑑昭和四二年版)、審判事件甲第一三号証(化学工業年鑑昭和四五年度)、審判事件甲第一四号証(東京都三多摩職業別電話番号簿)によって、大栄製菓株式会社の営業目的が菓子製造であったり、その会社自体の記載がないからといって、不使用であると推認することができない。
更に、審判事件甲第一五号証ないし審判事件甲第五九号証まで、社団法人化学工業協会外四四団体の組合員ではない旨の証拠を提出しているが、審判被請求人がこれら団体の組合員ではないからといって、本件各商標が使用されていないとはいえない。
ついで、昭和四五年一二月一一日午前一〇時に行った昭和四五年証拠保全第一号の証拠調調書を検討しても、審判請求人も口頭審理演述要領書において述べているごとく、やはり、消極的事実内容にとどまり、結局、審判請求人の提出した審判事件甲各号証並びに前記調書によっても、本件各商標が継続して三年以上使用されていないことの裏付けとなる具体的な事実を証明するものではないから、これらの証拠のみによっては、適法に登録され、有効に存続している商標権の登録を積極的に取り消すべき不使用の事実を推認する根拠となすに足りない。
5 したがって、審判請求人の主張ないしはその提出した証拠のみによっては、本件各商標の使用がないものと速断することができないから、本件各商標は、改正前商標法第五〇条第一項の規定によりその登録を取り消すべき限りでない。
三 本件審決を取り消すべき事由
被告は、商標登録原簿に登録されているその住所の属する東京都武蔵野市において、本件審判の請求の予告登録がされた昭和四二年九月二八日以前に継続して三年以上、本件各商標を各指定商品について使用せず、また、本件各商標の通常使用権者である訴外大栄製菓株式会社は、商標登録原簿に登録されているその営業所又は事務所の所在地の属する東京都小金井市において、通常使用権設定の日である昭和四二年三月二〇日以降(なお通常使用権設定登録受付の日は昭和四二年四月六日、同登録の日は同年五月一七日である。)前記本件審判の請求の予告登録の日まで継続して、本件各商標を各指定商品について使用していなかったのであるから、改正前商標法第五〇条第三項の規定により、被告及び訴外大栄製菓株式会社は、その商品についてその商標の使用をしていないものと推定されるのに、本件審決は、右不使用の事実は認められないと事実を誤認した結果、原告(審判請求人)の申立は成り立たないと誤った判断をした違法があるから、取り消されなくてはならない。
1 本件各商標の本件審判の請求の予告登録以前の使用を直接証明するかのような甲第三五号証、甲第三六号証はいずれも後日仮装されたもので信用できない。
2 本件各商標の本件審判の請求の予告登録以前の使用を直接証明するかのような甲第三二号証の新聞広告が掲載された事実はあるが、これは本件各商標の不使用取消を免れる目的のみでされたもので、商標の真誠なる使用の意思は認められず、右新聞広告の掲載をもって「タイエイ」の商標の使用にあたるということはできない。
3 審判手続における証拠調調書(甲第四四号証)及び証人調書(甲第四五号証)に現れた本件審判の請求の予告登録以後の状況も、本件各商標の使用にはあたらない。
(一) 武蔵野市吉祥寺南町一丁目二番二号所在の大栄製菓株式会社経営の喫茶店ボアの入口で洋菓子が販売され、その洋菓子が、同所所在の大栄製菓株式会社経営の製菓工場及び小金井市貫井北町五丁目七一四番地所在の同社経営の製菓工場で製造されたことは認めるが、右洋菓子の販売に当たって使用された標章は「ボア」であり、「タイエイ」「大栄」の商標は使用されていない。
(二)(1) 前記小金井市貫井北町五丁目七一四番地所在の大栄製菓株式会社の本社事務所内売店、製菓工場及び旧売店において、審判手続における証拠保全としての検証(甲第四四号証参照)の際に見られた商品の販売状況は、真実の商品販売ではなく、単に商品を販売していることを仮装したものに過ぎない。
審判手続における証拠保全としての証人調べ(甲第四五号参照)における本件被告の各種商品を販売した旨の供述は信用できない。
(2) 右(1)の商品販売が仮装とは認められないとしても、他人の商標を付した他人の製品を販売するに当たって、右各売店において見られるように、その商品の前に「タイエイ」と記載されたプライスカードを置いてあったが、このような状態では商品と標章との結び付きが明らかではなく、小売りのサービスマークの使用であり、商標の使用とはいえない。
また、右売店に掲げられた「タイエイ」と書かれた看板も、仮装の小売り業の営業名又はサービスマークの表示と見るべきであり、商標の使用とはいえない。
4 審判手続における証拠保全としての証拠調調書(甲第四四号証)添付の見本の内、本件各登録商標の記載されたものは、本件審判の請求の予告登録当時存在しなかったもので、証拠保全に備えて作ったものにすぎない。また右添付見本乙や丙の1、2のように一つの「大栄」という文字を、タイエイ、DAIEIと異なる読み方を需要者に求めることは不自然であり、本件各登録商標の真誠な使用とはいえない。
5 仮に、本件各登録商標それぞれについて、指定商品の全てについては使用していないと認められず、その一部について使用していないことが認められないものがあるとしても、指定商品のうちその余の部分について使用していないことが証明された以上、その証明された指定商品については、商標登録を取り消すべきものであるところ、本件各登録商標について使用していないことが明らかなものについても商標登録を取り消すことなく全て取消申立は成り立たないとした本件審決は、改正前商標法第五〇条の解釈を誤り、その判断を誤ったものである。
改正前商標法第五〇条の下においては、不使用取消審判を請求された登録商標の指定商品が複数である場合には、その中で不使用であることの明らかな一部の指定商品を、他の指定商品と分離して、その一部について取り消すことができ、取り消すべきであったもので、現にそのように処理されていた。
第三請求の原因に対する認否及び被告の反論
一 請求の原因一(特許庁における経緯)、二(本件審決の理由の要旨)は認め、同三中、後記認める部分以外は争う。本件審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由はない。
二1 請求の原因三冒頭の事実中、商標登録原簿に登録されている被告の住所が東京都武蔵野市に属すること、訴外大栄製菓株式会社が本件各商標の通常使用権者であり、商標登録原簿に登録されているその営業所又は事務所の所在地が東京都小金井市に属すること、訴外大栄製菓株式会社に対する通常使用権設定の日が昭和四二年三月二〇日、右通常使用権設定登録受付の日が昭和四二年四月六日、同登録の日が同年五月一七日であること、本件審判の請求の予告登録の日が昭和四二年九月二八日であることは認めるが、その余の主張は争う。
被告が、本件審判の請求の予告登録以前三年間において本件各商標を店舗、工場において使用していたのは、甲第四四号証及び甲第四五号証に現れた、武蔵野市吉祥寺南町一丁目二番二号所在の大栄製菓株式会社経営の喫茶店ボアの入口の店舗、同所所在の大栄製菓株式会社経営の製菓工場、小金井市貫井北町五丁目七一四番地所在の大栄製菓株式会社の本社事務所内売店、製菓工場及び旧売店においてであって、被告提出の証拠上他にはない。
被告は、終戦直後から和洋菓子の製造販売の事業を開始し、昭和二四年にこれを法人化して大栄製菓株式会社を設立した。右和洋菓子の事業は堅実に拡大し、喫茶部門を設けるに至った。このような過程において、更なる事業として小売店の展開の計画が具体化し、関連する商品について本件各商標の登録がされた。
本件各商標は、いずれも被告が経営する大栄製菓株式会社に当初から通常使用権が許諾されていたもので、通常使用権の登録はあくまで確認的な目的でされたものである。
店舗は、当初の吉祥寺の外、中野、立川に設置され、昭和四〇年初頭には、日用品を取扱品目の中心にすえた小売店事業の第一段階として、前記小金井店を開設したものである。
2 請求の原因三1、2は争う。
甲第三五号証の包装紙は、単にそれを作成したというだけではなく、現に被告の経営する店舗において、その取扱に係る商品(一部は自家製であり、一部は他から仕入れた商品)の販売に際して、商品を包装して顧客に提供するという形態において現実に使用されていたものであり、形式的なものであるとか、名目的なものであるとかいうのは当たらない。
包装紙のデザインは、事業者の経営方針や趣向感覚の観点から決定されるものであるから、甲第三五号証等のデザインが、ある看者にとって奇異に感ずるところがあったとしても、また、複数の標章がランダムに表示されたものであったとしても、現存する包装紙の存在を否定することはできないし、右包装紙を現に使用した事実を真誠な使用でないとして否定することもできない。
被告による本件各登録商標の使用は、不使用取消を免れる目的のためのみに開始されたものではないが、仮にそうだとしても、商標権者は、登録商標を使用する義務があり、正当な理由なく継続して三年以上不使用の場合は、商標登録が取り消されるものとされているから、このような我が国の商標制度の下にあっては、不使用取消を免れるために、登録商標の使用を開始するということは至極あたり前の実務であって、このような動機は何ら違法なものではない。むしろ、かかる動機によって登録商標の使用を間接的に強制する制度として、不使用取消制度が設けられているのである。
3 請求の原因三3は争う。
(一) 武蔵野市吉祥寺南町一丁目二番二号所在の大栄製菓株式会社経営の喫茶店ボアでの、同社の製菓工場で製造された洋菓子の販売に当たって使用されたのは、商標「ボア」、商標「タイエイ」、商標「DAIEI」、商標「ダイエイ」、商標「大栄」である。このことは、甲第四四号証の添付見本乙(シール)、添付見本丙の1、2(包装紙)にこれらの各商標が表示されていることによって明らかである。
(二) 原告は、審判手続における証拠保全としての検証の際に見られた商品の販売状況は、真実の商品販売ではなく、単に商品を販売していることを包装したものに過ぎないと主張する。
しかし、現に被告が商品に商標を付して、販売に供していた厳然たる事実がある。被告の販売行為が、たとえ仮設の店舗で行われたものであっても、そのことによって仮装の行為であるということになるものではないし、被告の販売行為が大規模に行われなかったからといって、仮装のものとなるものでもない。
(三) 原告は、他人の商標を付した他人の製品を販売するに当たって、その商品の前に「タイエイ」と記載されたプライスカードを置くことは、このような状態では商品と標章との結び付きが明らかではなく、小売のサービスマークの使用であり、商標の使用とはいえない旨主張する。
しかし、小売業者による商標使用の態様は、商品に製造者を表彰する標章は表示されず、ただ販売者を表彰する標章のみが表示されているプライベートブランドの場合か、商品に製造者と販売者との双方を表示すると共に、各々を表彰する標章が表示されているダブルチョップの場合かのいずれかに限られるものではない。
被告の販売対象商品に、既に製造者の商標が付された商品があっても、それを仕入れた被告が、その商品に、定価表とかその他の方法によって、更に自己の商標を付して使用していることが、商標法第二条第一項にいう、「業として商品を……譲渡する者がその商品について使用をする」ことに該当することは明らかである。
甲第三五号証の包装紙は、被告の販売する各種商品を、購入した顧客に提供するに際して、これを包装することに用いられるものであり、これによって、商標法第二条第三項第一号、第二号の「商品の包装に標章を附する」もので、商品との結び付きは極め明らかである。
また、甲第四四号証の写真第六、第七、第九、第一〇、第二二、第二三等に表れたプライスカードは、商品に直接貼付されて使用されるのであり、甲第四四号証の写真第七、第一〇、第一七等に表れたシールは、包装紙による商品包装に際して用いられるものであり、いずれも商品との結び付きは明らかであり、商標の使用に該当する。
小売業といえども、提供する給付は商品であって、サービス(役務)ではないから、小売販売に係る商品に用いられる標章をサービスマークと称することはできない。
4 請求の原因三4は争う。
甲第四四号証添付の見本に示された包装紙については、本件審判の請求以前の、昭和四二年二月六日、同三月四日及び同七月二四日に、各製作、納品され存在していたことが甲第三五号証によって証明されている。
5 請求の原因三5は争う。
改正前商標法第五〇条の下においても、取消請求の対象となった複数の指定商品中の一部についてのみ取消事由が認められる場合に一部取消の処分をなすべきものとされていたことはない。
昭和五〇年の改正によって、従前からの一部取消不容認が明定されたものである。
複数の指定商品がある登録商標にあっては、商標権は指定商品毎に存在するものとみなされるということは、その商標登録取消審判の請求に際しては、指定商品全部について取消を求めないで、一部の指定商品に限定して取消請求をしてもよいということを意味しているに過ぎない。
不使用取消審判は、不使用であるとする「その指定商品」についての商標登録の取消を求める手続であるから、その「請求の趣旨」は、その指定商品を特定することにより規定される。したがって、「その指定商品」が複数である場合には、それを一括して「その指定商品」としてとらえ、それについて商標登録の取消を求めるのが「請求の趣旨」ということになる。
このように、一体として取消を求めた複数の指定商品を、個々に分離して一部の取消をすることは、「請求の趣旨」を逸脱して、その趣旨を変更したものとなり、許されない。
改正前商標法においては、商標登録の不使用取消審判についても、特許無効審判において発明ごとの審判請求取下ができる旨の特許法第一五五条第三項の規定が準用されていたが、そのような請求の一部取下も、被請求人が答弁書を提出して手続に実質的に関与した後は、その承諾を得ることが必要とされていて、被請求人の利益を害しないことを条件とされているし、現に取り下げられなければ、その効果を生じないものであるから、一部取下ができることと一部取消審決をしてもよいこととは論理的に関係がない。
なお、指定商品の一部取消ができるとしても、取り消される指定商品と取り消されずに残る指定商品とが相互に非類似の商品であることを要するものというべきであるから、原告は本件各登録商標の各指定商品の一部取消を請求するのであれば、いかなる一部指定商品を取り消すべきであるかということを特定してこれを主張し、その取り消されるべき指定商品と取り消されずに残る指定商品が相互に非類似であることを明らかにすべきものである。
第四証拠関係《省略》
理由
一 請求の原因一(特許庁における経緯)及び二(本件審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決取消事由について検討する。
1 本件各商標の商標登録原簿に登録されている被告の住所が東京都武蔵野市に属すること、訴外大栄製菓株式会社(以下「大栄製菓」ともいう。)が本件各商標の通常使用権者であり、商標登録原簿に登録されているその営業所又は事務所の所在地が東京都小金井市に属すること、大栄製菓に対する通常使用権設定の日が昭和四二年三月二〇日、右通常使用権設定登録受付の日が昭和四二年四月六日、同登録の日が同年五月一七日であること、本件審判の請求の予告登録の日が昭和四二年九月二八日であることは当事者間に争いがない。
《証拠省略》によれば、本件審判の請求の予告登録以前三年間(以下、「予告登録前三年間」ともいう。)において、本件(五)商標と本件(七)商標が連合商標であった外には本件各商標と連合商標となっていた登録商標はないことが認められる。
被告が、予告登録前三年間において本件各商標を店舗、工場において使用していたのは、甲第四四号証及び甲第四五号証に現れた、武蔵野市吉祥寺南町一丁目二番二号所在の大栄製菓経営の喫茶店ボアの入口の店舗、同所所在の大栄製菓経営の製菓工場、小金井市貫井北町五丁目七一四番地所在の大栄製菓の本社事務所内売店、製菓工場及び旧売店においてであることは被告の自ら認めるところである(それが事実であるか否かは以下に判断する。)。
2 《証拠省略》によれば、大栄製菓株式会社は昭和二四年一二月一〇日設立され、本店所在地は、前記小金井市貫井北町五丁目七一四番地、昭和四二年二月から七月当時の代表取締役は被告、同年二月に変更、登記された目的は、「1 菓子、パン類の製造販売。2 乳製品、瓶、缶詰類、化学品、清涼飲料品、滋強飲料の製造販売。3 各種食料品、飲料品の製造販売。4 食堂及び喫茶店の経営。5 前各号に付帯する一切の業務。」であることが認められる。
《証拠省略》によれば、原告は、昭和四一年九月頃からその社員に被告の本件各商標の使用状況を調査させ、同年一一月二九日には、弁理士と社員が吉祥寺店で被告の夫に面会し、本件各商標の譲り受けを打診したことが認められる。
3 《証拠省略》によれば、大栄製菓が、新聞「東京タイムス」昭和四一年一二月三日号のいわゆる三行広告欄に、「タイエイの商品」「化学品、薬品、菓子、砂糖、蜂蜜、紅茶、珈琲、果物、味噌、醤油、ソース、漬物、海産物、壜詰、缶詰、粉類」「御用命下さい」として社名、前記本店所在地、電話番号を表した広告を掲載したことが認められる。
4 《証拠省略》によれば、大栄製菓は、株式会社美術出版デザインセンターに発注して、
(一) 昭和四二年二月に多数の「ダイエイ」及び「daiei」の文字を含むデザインの包装紙一Rの、
(二) 同年三月に多数の「タイエイ」、「大栄」及び「daiei」の文字を含むデザインの包装紙一Rの、
(三) 同年七月に多数の「ダイエイ」、「タイエイ」、「大栄」、タイエイの振り仮名の付いた「大栄」、ダイエイの振り仮名の付いた「大栄」、「ボア」、「BOIS」、の文字を含むデザインの包装紙、三サイズ計四〇〇〇枚の、
それぞれ納品を受けたことが認められる。
5 《証拠省略》によれば、特許庁の審判官の合議体が本件審判手続において、昭和四五年一二月一一日に、前記小金井市貫井北町五丁目七一四番地所在の大栄製菓の本社製菓工場、売店、並びに、武蔵野市吉祥寺南町一丁目二番二号所在の大栄製菓経営の喫茶店ボア及び製菓工場を検証した際の状況は次のとおりであったことが認められる。
(一) 前記小金井市の大栄製菓の本社等の所在地は、旧国電中央線国分寺駅の北西の路程約五五〇メートルの位置にあり、約二三五〇平方メートルのほぼ東西に長い敷地に、二階建の事務所風建物及び平屋の工場風建物の二棟の主な建物の他、守衛室、倉庫、旧売店とされる小屋等の小建物がある。
右敷地の西南隅に敷地への入口の正門があり、両側の門柱に、それぞれ「大栄」、「大栄製菓株式会社」と大書された古びた標札が取り付けられている他、「クリスマスデコレーション 予約ご注文承ります大栄」、「洋菓子食料品販売 高級洋菓子一ケ四〇円より、アップルパイ、ボックスその他各種あります バター、チーズたっぷりの本格欧風クッキー一袋(二〇〇グラム)一五〇円 バースデーケーキご用命承ります 缶詰調味料等あります 大栄」と手書きされた比較的新しい紙が貼られている。
正面入口からは、やや奥まった事務所風建物は見えるが、その中の後記事務所売店や製菓工場は見えず、右手書きの紙がなければ、その中に店舗があるとは分からない。
(二) 右工場風建物の約四分の一は大栄製菓の製菓工場(以下「小金井工場」ともいう。)で、ケーキ及びクッキーが製造されており、製品のクッキーを詰めたセロファン製袋には、「BOIS」、「高級洋菓子ボア」の文字が印刷されている他、袋の端部に「タイエイ」の文字が多数並べて表された紙が付けられている。
また、洋菓子を詰めてそのまま消費者に販売するための紙箱が多数用意されているが、その紙箱の側面に貼られた円形のシールには、中央に「お早く御召し上がり下さい」との注意が書かれ、周囲に沿って「BOIS」、「高級洋菓子ボア」、「DAIEI」、「タイエイ」等の文字が表されている。
また、製品の洋菓子を店舗へ運びための手持ち用運搬箱には、「大栄」又は「大栄製菓」と書かれている。
(三) 前記事務所風建物の一階の一部約二〇平方メートルにはショーケースが三台置かれ、売店様にしつらえている(以下「事務所内売店」という。)。
その内の一台のショーケースには、無漂白うどん、無漂白きしめん、無漂白押麦、黒糖飴、茶玉飴、味噌の袋詰、黒糖、元祖茶人好み、三陸天然わかめ、原藻ひじき、ケチャップ(カゴメ製)、サラダ油(味の素製)、ソース、とんかつソース(ブルドック製)、オレンジの瓶詰、蜂蜜の瓶詰、マーガリン、バター、醤油、みかんの缶詰、黄桃の缶詰、パインアップルの缶詰、いちごジャムの瓶詰、マーマレードの瓶詰が陳列されている。それらの中には一品について数個から一〇個近くが陳列されているものもある。
それらの一部には、「タイエイ」の名入りの、横三センチメートル、縦一センチメートル程の小型プライスカードに価格を表示して貼られたものもあり、また、やや大型のプライスカードに品名、価格と「タイエイ」の文字が表示されたものが添えられた商品もある。
第二のショーケースには、アップルパイ、リーフパイ、クッキー(大、中、小の缶入り)、ミユヘ、チーズボール、プリン、トリオ、エクレア、ケーキ等の洋菓子類が、箱詰あるいはトレーに乗せて陳列されている。
それらの洋菓子のそばには、やや大型のプライスカードに品名、価格と「タイエイ」の文字が表示されたものが置かれている。
また、箱詰の箱の側面には、右(二)認定の、「DAIEI」、「タイエイ」等の文字が表された円形のシールが貼られている。更に、ケーキは一つずつ、円形の紙皿をケーキの型に合わせて折ったものに乗せられているが、その紙皿には、縁に沿って円環状に、「DAIEI」、「ダイエイ」、「大栄」の文字が印刷されている。
第三のショーケースには、パラゾール(衣類用防虫剤)、シーツ糊、繃帯、仁丹、ネオバン(紙粘着テープ)、セキスイバン(プラスチック絆創膏)、ニチバン(絆創膏)、バンドエイド、ガーゼ、エアーウィック、家庭用漂白剤(花王ハイター、ライオンブリーチ)が、一品数個ずつ陳列されている。
右事務所内売店には、前記4(三)のデザイン及び4(二)に類似のデザインで「ダイエイ」の文字も含む包装紙が用意されている。
右事務所内売店の入口も、事務所風で店舗風には見えず、入口の柱に「売店」と手書きされた比較的新しい紙が貼られている。
(四) 前記旧売店とされる小屋(以下「旧売店」という。)は、敷地の南側にある他の建物から広い空地を隔てた北側のコンクリート塀の開口部に間口を向けて建てられた、建坪一三・二平方メートルの片流れトタン張の古びた小屋で、間口上部には、間口一杯に、白地にペンキで「食品雑貨タイエイ」と書かれた看板が掲げられている。
旧売店内には、古びたショーケースが二台置かれ、その内一台の中には、大手製菓業者製造の箱入ビスケット、インスタントコーヒー、紅茶、化学調味料、酢、てんぷら油、インスタントラーメン、ゼラチン等が、他の一台の中には、桃、オレンジ、チェリー等の果物類の缶詰、魚肉の缶詰、オレンジジュース、グレープフルーツ等の缶詰、アスパラガスの缶詰等が、それぞれ一品につき二、三個位ずつ雑然と置かれている。
それらのものには、前記事務所内売店と同様のプライスカードが貼られたり、添付されていた。
旧売店内の壁に、「販売品目 化学品、医薬品、殺虫剤、防虫剤、ホータイ、ガーゼ、衛生綿、ナフタリン、臭気止、醤油、ソース、酢、砂糖、蜜、菓子、パン各種、茶、コーヒー、紅茶、玉子、海産物、味噌、漬物、缶詰品、穀菜、果物、ソバ類、豆類、種子」と書かれた紙が貼られている。
(五) 前記武蔵野市の喫茶店ボア及び製菓工場の所在地は、旧国電中央線吉祥寺駅南口から約三〇メートルの位置にあり、喫茶店の入口に洋菓子陳列ケースが二台置かれ、売店(以下「吉祥寺売店」ともいう。)となっており、右売店及び喫茶店の奥が大栄製菓の製菓工場(以下「吉祥寺工場」という。)となっている。
(六) 吉祥寺売店の陳列ケースには、紙箱に詰めた、又は、トレーに乗せたデコレーションケーキ、マロンロール、ボックス、フルーツケーキ、パウンドケーキ、クッキーズ、アップルパイ、モカロール、バンプリ、チーズボール、トリオ、クッキー、リーフパイ、マロンゼノアー、レアケーキ、イチゴショート、リラの花、チーズケーキ、ミルヘ、クリームホーン、プリン、コンポート、シャンテリー、モカケーキ、メロンショート、ババロア、モンブラン、エクレア、サバリン等の各種洋菓子類が陳列販売されていて、各商品に品名と価格を書いたやや大型のプライスカードが添えられているが、そのプライスカードに本件各商標が付けられているか否かは明らかでない。
また、それらを乗せた紙皿やそれらを詰めた紙箱に本件各商標が付されているか否か、包装紙に本件各商標が付されているか否かも明らかでない。
(七) 吉祥寺工場では、ケーキ及びクッキーが製造されているが、その箱や袋に本件各商標が付されているか否かは明らかでない。
また、製品の洋菓子を店舗へ運ぶための手持ち用運搬箱には、「大栄」又は「大栄製菓」、「Daiei」と書かれている。
工場従業員の使用している白衣には、胸部に「Daiei」と刺繍されているものもあった。
6 右1ないし5の事実、《証拠省略》によれば、大栄製菓は予告登録前三年間、即ち昭和三九年九月二九日ないし昭和四二年九月二八日当時、前記小金井工場及び吉祥寺工場でケーキ、クッキー等の洋菓子を製造し、これを少なくとも吉祥寺売店で直接販売し、また、少なくとも昭和四一年九月までは高島屋ストア吉祥寺店へ納入し販売するなど、小売店へ卸売りしたことが認められ、また、右事実及び証拠によれば、それらの販売、卸売りの際に、前記4認定のような包装紙が使用されたこと、5(二)認定のような記載のある紙が端部についたセロファン製袋にクッキーを入れたこと、洋菓子を詰めた箱に5(二)認定のような記載のあるシールが貼られていたこと、5(三)認定のような記載のあるプライスカードが使用されたことの蓋然性が高いことが認められ、それらの事実がないとはいえない。
前記甲第一二号証の一、二中には、昭和四一年九月一一日当時、吉祥寺売店では本件各商標は使用されておらず、当時から過去三年の間に、被告、大栄製菓が本件各商標を使用した事実は発見できなかった旨、昭和四一年一一月二九日に武蔵野市で、昭和四二年一〇月四日、同五日及び同月三一日に武蔵野市及び小金井市で、それぞれ過去三年の間に、被告が本件各商標を使用した事実があるかどうか調査したが、調査した範囲内では商標使用の事実を知っているものはなく、吉祥寺売店では、「Bois」、「ボア」の商標が使用されているのみであった旨の部分があるが、いずれも具体的に、どこでどのような方法で調査したのか、例えば、吉祥寺売店において実際に各種商品を購入して、紙箱、包装紙、紙皿、袋等を検分したのか否かが不明であり、たやすく信用できない。
原告は、甲第四四号証(証拠調調書)添付の見本の内、本件各登録商標が記載されたものは、本件審判の請求の予告登録当時存在しなかったもので、証拠保全に備えて作ったものにすぎない旨主張するが、前記甲第三五号証と対比すれば、甲第四四号証添付の見本の内、丙の1は、前記4(三)の包装紙であることが認められ、これは、本件審判の予告登録以前に納品を受けていたものであることは前記4(三)のとおりであり、その他の見本についても、本件審判の請求の予告登録当時存在せず証拠保全に備えて作ったものであることを認めるに足りる証拠はない。
また、原告は、右添付見本のように一つの「大栄」という文字を、タイエイ、DAIEIと異なる読み方を需要者に求めることは不自然であり、本件各登録商標の真誠な使用とはいえない旨主張し、前記4認定の包装紙、特に同(二)のものは、「daiei」、「タイエイ」、「大栄」の文字を含み、同(三)のものは、「ダイエイ」、「タイエイ」、タイエイの振り仮名の付いた「大栄」、ダイエイの振り仮名の付いた「大栄」等の文字を含み、前記5認定の円形のシールは、「DAIEI」、「タイエイ」の文字を含むデザインで、やや不自然な点はあるが、使用に耐えないほどではなく、使用されていないとは認められず、使用を否定できない以上、それを真誠な使用でないと認めることもできない。
7 前記5(一)(三)認定の小金井市の大栄製菓本社所在地の状況、事務所内売店の状況によれば、昭和四五年一二月一一日当時の事務所内売店では、第二のショーケースに陳列された洋菓子類については商品として販売するために陳列されていることを否定できないが、第一、第三のショーケースに陳列されたその他の商品については缶詰、調味料を含めて、商品として販売するための陳列とは認められず、特許庁審判官による証拠保全に備えて、販売のための陳列を装ったに過ぎないものと推認される。
即ち、洋菓子製造業者が、本来はそこで製品を販売することを予定していなかった工場で、一般人に直接販売するようになることはありがちなことで、その場合、5(一)認定のように門前に貼紙をして通行人に案内することは何ら不自然ではなく、例え証拠保全の直前にそれが始まったものとしても、商品として販売するものではないとはいえない。しかし、第一のショーケースに陳列された各種の食料品や第三のショーケースに陳列された商品の品目は多岐にわたりばらばらで、類似の品目について各メーカーのものを容量の大小各種そろえることもなく、一品目の商品数も、その種の商品を扱う小規模の商店と比べても極端に少なく、真に顧客に販売するための品ぞろえとは認められない上、缶詰、調味料以外は門前の表示もないことからすると、第一、第三のショーケースに陳列されたその他の商品については顧客に販売するための陳列とは認められず、特許庁審判官による証拠保全に備えて、本件各商標の指定商品に該当しそうなものを思いつくままに集めて、販売のための陳列を装ったに過ぎないものと推認するのが相当である。
右の事実、前記5(一)(三)のとおり、門前の貼紙も事務所入口の貼紙も比較的新しいこと及び前記甲第一二号証の二中の、昭和四二年一〇月当時、原告の社員藤本敬三が調査した際には、被告の本社所在地には日本パーカライジング小金井研究所と洋菓子製造工場があったが、入口の表示は日本パーカライジング小金井研究所の表示のみであった旨の部分によれば、予告登録前三年間においては、事務所内売店は存在せず、したがって、右期間に事務所内売店において、洋菓子もその他の本件各商標の指定商品も販売されていなかったものと推認することができる。
よって、予告登録前三年間に、同所で販売される商品について、本件各商標が使用される余地はなかったものと認められる。
8 前記甲第四四号証には、被告の指示説明として旧売店の開店のために、昭和三九年頃には、化学品、薬剤、医療関係の品物を仕入し、販売した旨、立会人の大栄製菓株式会社社員林(弁論の全趣旨によれば、同人は被告の夫であることが認められる。)の指示説明として、旧売店は、昭和四二年以前から工場現場売りの分を扱い、「タイエイ」という店名で経営していたが、人手が足りなくなり、昭和四三年一ぱいで閉じた、しかし本件審判事件が起きていたのでそのままにしている旨、前記甲第四五号証には、被告の供述として、旧売店は昭和四二年二月一〇日頃開店し、昭和四三年末まで、店を開けたり閉めたりしながらも続けていた、開店当時はよく売れたが後に閉めたりしたのは人手不足のためである旨、当時、旧売店は、福永定次郎と高橋という若い女性ともう一人おばさんといっている年寄りでやっていた旨、殺虫剤、消毒剤を売っていたのは(大栄製菓経営の店舗では)旧売店だけである旨の部分があり、前記5(四)認定の旧売店の昭和四五年一二月一一日当時の状況によれば、旧売店の建物は遅くとも昭和四二年二月当時から存在したものと推認できる。
しかし、前記5(四)認定の旧売店の昭和四五年一二月一一日当時の状況と、前記甲第四四号証中の立会人林の、旧売店は、昭和四三年一ぱいで閉じたが本件審判事件が起きていたのでそのままにしている旨の指示説明部分から推認される昭和四二年ないし昭和四三年頃の旧売店の状況は、真に営業をしている商店としては不自然で、同所で商品の販売が行われたものとは認められず、本件各商標の指定商品についての各商標の使用を仮装するための前提として、右指定商品の販売を仮装したものを認められる。
即ち、前記5(四)認定の旧売店の、建坪一三・二平方メートルの片流れトタン張の古びた小屋であるという建物の状況、白地にペンキで「食品雑貨タイエイ」と書かれた看板の状況、古びたショーケースが二台置かれているだけの店内の設備の状況、箱入ビスケット、インスタントコーヒー、紅茶、化学調味料、酢、てんぷら油、インスタントラーメン、ゼラチン等に、更に、桃、オレンジ、チェリー等の果物類の缶詰、魚肉の缶詰、オレンジジュース、グレープジュース等の缶詰、アスパラガスの缶詰等が、それぞれ一品につき二、三個位ずつ雑然と置かれている品目の組合わせ、品数の少なさは、洋菓子製造販売を行って来た会社が、新分野に進出するために昭和四二年二月頃に、東京都小金井市で開店し、三人の社員に担当させた店舗としては、極てめ不自然である。また、店内の壁に、「販売品目 化学品、医薬品、殺虫剤、防虫剤、ホータイ、ガーゼ、衛生綿、ナフタリン、臭気止、醤油、ソース、酢、砂糖、蜜、菓子、パン各種、茶、コーヒー、紅茶、玉子、海産物、味噌、漬物、缶詰品、穀菜、果物、ソバ類、豆類、種子」と書かれた紙がわざわざ貼られているのも不自然で、しかも、「化学品」のように、本件(一)商標の指定商品には含まれているが、概念が広すぎてこの店舗にあるものとしては何を指しているのか、一般人に見当もつかないと思われる語や、「穀菜」のように、本件(三)商標の指定商品には含まれているが、昭和四二年当時、一般には使われていなかったと推認される珍しい語が使用されており、この貼紙は本件各商標の指定商品に含まれる主な商品を列記し、それらの商品が販売されているかのような外観を作り出すためのものに過ぎないと解される。これらの点を併せ考えると、旧売店は、予告商標前三年間の昭和三九年九月から昭和四二年九月まで真に営業をしていた商店としては不自然で、同所で商品の販売が行われたものとは認められず、むしろ本件各商標の指定商品についての各商標の使用を仮装するための前提として、右指定商品の販売を仮装したものと認められる。
よって、予告登録前三年間に、同所で販売される商品について、本件各商標が使用される余地はなかったものと認められる。
9 大栄製菓が予告登録前三年間、ケーキ、クッキー等の洋菓子を小金井工場及び吉祥寺工場で製造し、これを少なくとも吉祥寺売店で直接販売し、少なくとも昭和四一年九月までは高島屋ストア吉祥寺店へ納入し販売するなど、小売店へ卸売りしたことは、前記6に認定したとおりである。
前記5(二)、(五)ないし(七)の事実、前記甲第四四号証中の立会人林の指示説明部分に弁論の全趣旨を総合すれば、大栄製菓が予告登録前三年間に、本件(五)商標及び本件(七)商標の指定商品中、ケーキ、クッキー等の洋菓子以外のもの、即ち、旧第四三類中、干菓子、蒸菓子、掛け物等の和菓子、ドロップス、アイスクリーム、飴、餅、砂糖漬、炒豆、パン等を小金井工場及び吉祥寺工場で製造し、吉祥寺売店で販売したことがないことが認められる。前記甲第四四号証の被告の指示説明中には自社製の和菓子との部分があり、甲第四五号証中には、袋物菓子、量り菓子、打菓子、落雁、おこし、掛け物(生姜糖、はっか糖)、甘納豆、餅飴、飴菓子、かき餅、あられ、塩煎餅、砂糖漬菓子、炒豆、懐中しるこは置いてあった、砂糖菓子はあったように思う、羊羹、饅頭、最中、餅菓子はあった、ドロップス、キャラメル、チューインガムはあった、炒栗、茄栗はあった旨の部分があり、かき餅、あられ、塩煎餅が菓子問屋から仕入れたとされる以外は、自家製か仕入れたものかその趣旨は明らかでなく、具体的にどんな和菓子を、どの工場で作ったか、また和菓子の製造を、いつ、なぜやめて洋菓子一本にしたかについて具体的な説明も裏づける証拠もなく、たやすく信用できず、また、それだけ多種多様の和菓子、栗、ドロップス、キャラメル、チューインガム等をケーキ、クッキー等の洋菓子店である吉祥寺売店で販売していたというのも不自然で、信用できない。
前記甲第四四号証の被告の指示説明部分には、パンは製造してみたがうまくいかなかったので、松寿ベーカリーから仕入れたパンと、自社製の和菓子、ケーキを、吉祥寺にある高島屋ストアに四ケース位納めた、和菓子は箱の中に「大栄」という名前と製造年月日入りのシールを入れて販売した旨の部分があり、前記甲第三六号証には、少なくとも昭和四一年三月一日から同年九月末まで、大栄製菓は高島屋ストア吉祥寺店へ、「タイエイ」、「大栄」、「ダイエイ」、「DAIEI」の商標を使用して、和菓子、洋菓子、パン類等を納品販売していた旨の部分があり、これらの証拠によれば、大栄製菓が、右時期に洋菓子のみではなく和菓子、パン類も高島屋ストア吉祥寺店に納品販売していたことは否定できない。
しかし、パン類は他社から仕入れたものであり、和菓子も自社製という点は信用できないことは前記のとおりであって、他社製のものを仕入れて納品するについて、中間業者である大栄製菓が自社の商標を付するとすると、それだけ手数がかかるはずであり、自社の商標を付さないことに合理性があり、もし商標を付するとすれば自家製の洋菓子の場合とは商標を付する手順も異なり、商品の性質上商標を付する方法も異なるものと解されるのに、手順の説明も、パン類や和菓子に付されたシール等の見本も認める証拠がないことからすれば、大栄製菓が高島屋ストア吉祥寺店に納品販売したパン類や和菓子には本件各商標は付されていなかったものと推認される。
前記5(二)、(五)ないし(七)の事実、前記甲第四四号証中の立会人林の指示説明部分に弁論の全趣旨を総合すれば、大栄製菓が予告登録前三年間に、本件(一)商標ないし本件(四)商標及び本件(六)商標の指定商品を前記小金井工場及び吉祥寺売店で販売したことがないことが認められる。
前記甲第四四号証には、被告の指示説明として、茶、コーヒー、ココア等については菓子を喫茶店に納めているので、昭和三九年ないし昭和四二年の間にも扱っていた、また、市販のコーヒーが古いものであったりするので、当時近くの家庭からひきたてのミックスコーヒーやココアの注文があり、それに応じて売った、売店に「コーヒー豆あります」との表示はしてあったが、見本の一、二包みをショーケースに置いただけで、販売数量は記帳していない旨の部分がある。
右説明は、大栄製菓が洋菓子と共に営業用の茶、コーヒー、ココア等を喫茶店に卸売りし、他方旧売店又は事務所内売店でコーヒー豆やココアの小売りもしていたとの趣旨と解されるが、旧売店及び事務所内売店で予告登録前三年間に商品の販売が行われたものとは認められないことは、前記7、8に認定判断したとおりであり、また大栄製菓が洋菓子の他に営業用の茶、コーヒー、ココア等を喫茶店に卸売りしていたことを裏づける具体的な仕入先、販売先等は明らかでなくたやすく信用できない。
前記甲第四四号証、甲第四五号証中には、被告の供述及び指示説明として、本件各商標の指定商品中、右菓子、パン類、茶、コーヒー、ココア等の他の商品についても、多種多様なものについて販売した旨の部分があるが、各種の商品について順次、販売の有無を確認する過程で、一旦、取り扱ったことを否定したものについても、登録商標の指定商品として列記してある品目はすべて売ったと簡単に前言を翻すなどの供述過程や、前記小金井市の旧売店、事務所内売店で商品が販売されたものとは認められないこと、吉祥寺売店や本社でそれほど多種多様のものを販売した形跡は認められないことに照らすと到底信用できない。
10 以上認定の事実によれば、大栄製菓は小金井市の本社製菓工場並びに吉祥寺売店及び吉祥寺工場で本件各商標の指定商品の内、ケーキ、クッキー等の洋菓子の製造販売、和菓子、パン類の販売を行っていた事実は否定できないが、その他のものは販売したことはないことが認められる。
したがって、前記3認定の新聞広告に記載された商品中、実際に大栄製菓が販売していたのは菓子のみで、他の大多数の商品は大栄製菓が販売していなかったものであり、右広告は全体としてみると、大栄製菓の営業の実態に合致しないものであり、この事実に、右広告に列挙された商品はいずれも本件各商標の指定商品に属するものであること、右広告の掲載が前記2認定の、原告が、昭和四一年九月頃からその社員に被告の本件各商標の使用状況を調査させ、同年一一月二九日に弁理士と社員が吉祥寺店で被告の夫に面会し、本件各商標の譲り受けを打診した直後であることを併せ考えると、右広告は、真に大栄製菓の営業の宣伝のために行われたものではなく、列挙された商品について「タイエイ」の商標を広告に使用したことを仮装するためにされたものと認められる。
したがって、右新聞広告をもって、商品に関する広告に商標を使用したものということはできない。
また、前記5(四)認定の旧売店に掲げられた「食品雑貨タイエイ」との看板も仮装の店名を表示したものと認められ、商品に関する広告に商標を使用したものということはできない。
11 被告が、本件審判の請求の予告登録以前三年間において本件各商標を店舗、工場において使用していたのは、甲第四四号証及び甲第四五号証に現れた吉祥寺売店、同所所在の製菓工場、大栄製菓の本社事務所内売店、製菓工場及び旧売店においてであることは被告の自ら認めるところであることは前記1のとおりであり、弁論の全趣旨によれば、本件各商標の商標登録原簿に登録されている被告の住所が属する東京都武蔵野市、大栄製菓の営業所又は事務所の所在地が属する東京都小金井市において、大栄製菓が本件各商標を使用した場所も右場所以外にはないものと認められる。
そして、本件(一)商標ないし本件(四)商標及び本件(六)商標については、その各指定商品がそれらの場所で製造販売されたことがないことは前記認定のとおりであり、その各指定商品又はその包装に右各商標を付すること、その各指定商品又はその包装に右各商標を付したものを譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡のために展示し又は輸入することはされたことがないものと認められ、また、その各指定商品に関する広告、定価表又は取引書類に右各商標を付して展示又は頒布されたこともうかがわれないから、そのような事実はなかったものと認められる。
したがって、本件(一)商標ないし本件(四)商標及び本件(六)商標については、武蔵野市及び小金井市において各指定商品について使用していないものと認められるから、旧商標法第五〇条第三項により、被告又は大栄製菓は、各指定商品について右各商標を使用していないものと推定され、右推定を覆すに足りる事実の主張立証はない。
よって、本件(一)商標ないし本件(四)商標及び本件(六)商標について、使用がないものと速断することができないとした本件審決の認定判断は誤りである。
12 また、本件(五)商標及び本件(七)商標については、大栄製菓が、予告商録前三年間に、前記小金井工場及び吉祥寺工場で、各指定商品中、ケーキ、クッキー等の洋菓子を製造し、これを少なくとも吉祥寺売店で直接販売し、また、少なくとも昭和四一年九月までは高島屋ストア吉祥寺店へ納入し販売するなど、小売店へ卸売りしたことが認められ、また、それらの販売、卸売りの際に、前記4認定のような包装紙が使用されたこと、5(二)認定のような記載のある紙が端部についたセロファン製袋にクッキーを入れたこと、洋菓子を詰めた箱に5(二)認定のような記載のあるシールが貼られていたこと、5(三)認定のような記載のあるプライスカードが使用されたことの蓋然性が高いことが認められ、それらの事実がないとはいえないことは前記6のとおりであるから、右時期に、大栄製菓がケーキ、クッキー等の洋菓子について、右各商標を使用していないとはいえない。
右各商標と右使用した標章を対比すると「タイエイ」と「タイエイ」、「大榮」と「大栄」のように、縦書きと横書き、旧字体と新字体の差があるが、この程度の差があっても右各商標を使用したものと認めることができる。
しかし、右各商標の指定商品中、ケーキ、クッキー等の洋菓子以外のもの、即ち、旧第四三類中、干菓子、蒸菓子、掛け物等の和菓子、ドロップス、アイスクリーム、飴、餅、砂糖漬、炒豆、パン等については、右時期に、大栄製菓が前記小金井工場及び吉祥寺工場で製造し、吉祥寺売店で販売したことがないことが認められ、他方、大栄製菓が、右時期に自社製の洋菓子のみではなく他社製の和菓子、パン類も高島屋ストア吉祥寺店に納品販売していたことは否定できないが、高島屋ストア吉祥寺店に納品販売したパン類や和菓子及びその包装には本件各商標は付されていなかったものと推認されることは前記9のとおりであり、右ケーキ、クッキー等の洋菓子以外のものに関する広告、定価表又は取引書類に右各商標を付して展示又は頒布されたこともうかがわれないから、そのような事実はなかったものと認められる。
弁論の全趣旨によれば、被告個人が本件(五)商標及び本件(七)商標を、武蔵野市及び小金井市において、予告登録前三年間に使用したことはないことが認められる。
したがって、本件(五)商標及び本件(七)商標は、予告登録前三年間、その各指定商品中、ケーキ、クッキー等の洋菓子については使用していないとはいえないが、その他の指定商品については武蔵野市及び小金井市において使用していないものと認められるから、旧商標法第五〇条第三項により、被告又は大栄製菓は、指定商品中、ケーキ、クッキー等の洋菓子以外のものについて右各商標を使用していないものと推定され、右推定を覆すに足りる事実の主張立証はない。
ところで、改正前商標法第五〇条第一項により、複数の指定商品について商標登録を取り消すことについて審判請求がされた場合、その中の一部の商品について不使用が証明されたときは、当該不使用の証明された指定商品についてのみ商標登録を取り消し、その他の指定商品については審判の請求が成り立たないとすべきものであり、審判の請求全部が成り立たないものとすることはできないものと解するのが相当である。
即ち、商標法施行法第二条により廃止された大正十年法律第九十九号(旧商標法)第一四条が「左ノ各号ノ一ニ該当スル場合ニ於テハ審判ニ依リ商標ノ登録ヲ取消スヘシ 一 商標権者正当ノ理由ナクシテ帝国内ニ於テ登録ノ日ヨリ一年間其ノ商標ヲ使用セサリシトキ……但シ第五条ノ規定ニ依リ指定シタル商品中其ノ一ニ使用シ……タルトキハ此ノ限ニ在ラス」と規定し、複数の指定商品の内の一つだけでも使用している場合には取消を免れるとしており、現行商標法第五〇条第一項が、改正前商標法第五〇条第一項と同様に、「その指定商品にかかる商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる。」と規定し、複数の指定商品の内一部についても商標登録取消の審判請求ができるものとしながら、現行商標法第五〇条第二項が、「商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれかがその請求に係る指定商品のいずれかについての登録商標……の使用をしていることを被請求人が証明しない限り、商標権者は、その指定商品に係る商標登録の取消しを免れない。」と規定し、取消請求の対象となった複数の指定商品の一部についての使用が証明されれば、取消請求の対象となった指定商品全部について取消を免れる旨を定めているのに対し、改正前商標法にはそのような規定がないこと、改正前商標法第五六条第二項が、特許請求の範囲が二以上の発明に係る特許の二以上の発明についての無効審判請求は、発明ごとに取り下げることができる旨の昭和五〇年法律第四六号による改正前の特許法第一五五条第三項の規定を、改正前商標法第五〇条第一項の不使用取消審判に準用していたのに、現行商標法第五六条第二項は、同旨の特許法の規定を不使用取消審判に準用していないことからすれば、商標法第四六条の商標登録の無効の審判請求等の場合と同様に、改正前商標法第五〇条第一項においては、複数の指定商品について取消審判が請求された場合に、その審決の結論が指定商品ごとに異なる場合もあることを予定していたものと解されるからである。
そうすると、本件(五)商標及び本件(七)商標についても、その各指定商品全部について本件審判請求は成り立たないものとした本件審決の認定判断は誤ったものである。
三 以上のとおりであるから、本件審決に所論の違法があるとしてその取消を求める原告の本訴請求は、いずれも正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 西田美昭 島田清次郎)
<以下省略>